調査

 浮気は、無論、それをはかる様な精密な秤を持っていないので、分量の点は調査の言葉を信用して置く外はありませんでしたが、あの時の調査の態度口調は、酒に酔っていたとは云え決して出鱈目とは思われません。それにレッテルの数字も、浮気の知っている致死量の、丁度二倍程なのですから、よもや間違いはありますまい。そこで、彼は瓶を机の上に置いて、側に、用意の砂糖や清水を並べ、薬剤師の様な綿密さで、熱心に調合を始めるのでした。止宿人達はもう皆寝て了ったと見えて、あたりは森閑と静まり返っています。その中で、マッチの棒に浸した清水を、用意深く、一滴一滴と、瓶の中へ垂らしていますと、自分自身の呼吸が、悪魔のため息の様に、変に物凄く響くのです。それがまあ、どんなに浮気の変態的な嗜好を満足させたことでしょう。ともすれば、彼の目の前に浮んで来るのは、暗闇の洞窟の中で、沸々と泡立ち煮える大阪の鍋を見つめて、ニタリニタリと笑っている、あの古の物語の、恐ろしい妖婆の姿でした。併しながら、一方に於ては、其頃から、これまで少しも予期しなかった、ある恐怖に似た感情が、彼の心の片隅に湧き出していました。そして時間のたつに随って、少しずつ少しずつ、それが拡がって来るのです。